田立を振り出しに、2日間長野県と岐阜県のペグマタイト産地や博物館を訪れ、それぞれの産地の代表的な
標本を採集できた。
ただ、産地の入口の様子がすっかり変わってしまっていて、何度かUターンする羽目になってしまった。
(「あんた、”ボケ”たんと違う?」・・・・・蔭の声)
( 2021年7月 開催)
8時にTさんと同僚Kさんが着き、自己紹介。9時前にN夫妻が到着した。N夫妻は中津川に前泊したとの
こと。改めて自己紹介の後、田立のアマゾナイト産地に向けて出発だ。
(2) 田立の「アマゾナイト」産地
この地域の観光名所「田立の滝」に向かって走る。路肩の広い場所に車を止め、沢沿いを奥に詰めて行く。
やがて沢の水中や真砂(まさ)が堆積した場所に、白い長石やガラス質の石英が点々とみられるようになる。
中には青緑色の『アマゾナイト』と呼べる微斜長石が入ったものもある。この日、「中津川市鉱物博物館」を
訪れると、そこにはこの産地のアマゾナイトが展示してある。これよりも色の良い標本はそれほど苦労しなくても
採集できるが、自形結晶は難しい。
N夫妻と妻を残し、斜面の上にある”採掘穴”にTさんとKさんを案内する。自形結晶を求めて露頭を掘って
見るが短時間では完全な結晶を採集するのは難しかった。
下に降りて、皆で昼食だ。谷が深く立木も多いので直射日光が射さない。その上、清冽で冷たい水が流れて
いるので、涼しい。N夫妻差し入れの地元産トマトも美味しくいただく。
(3) 「緑柱石(アクアマリン)」を求めて
地図を見ると山を越した岐阜県側に「緑柱石」産地がある。今回は、「アマゾナイト」のほかに宝石鉱物の
「トパズ」と「サファイア」をパンニンングで採集してもらうのがメインだったから、同じ宝石鉱物の「緑柱石(アクア
マリン)」も急きょ採集してもらうことにした。
直線距離では近いのだが山越えとなると道が曲がりくねっている上、工事中で迂回せざるを得なかった。
岐阜県側のコンビニでトイレ休憩したこともあり1時間ほどかかって産地に到着した。
ここの「緑柱石」は”針”のようなものがほとんどで、ズリからだと文字通り、”麦わらの中から針を探す”状態で
目と運が良くないと採集は難しい。そこで、母岩付きを狙うことにした。
それらしい母岩を片っ端から手に取って、晶洞部を観察すると針状の「緑柱石」が採集できた。
(4) 「中津川市鉱物博物館」を訪ねて
ここは、苗木出身のアマチュア鉱物研究者・長島乙吉氏(1890〜1969)と子息の地球化学者・長島
弘三博士(1925〜1985)から中津川市が寄贈を受けた鉱物標本「長島鉱物コレクション」をベースに、
1998年に開館した市立の地質系自然誌博物館だ。
夏休みに入っていたこともあって、博物館前の「きらら広場」では、暑さにも負けず家族連れが何組か「ストーン
ハンティング」に興じていた。
中津川に来ると「中津川市鉱物博物館」を訪ねることにしている。今回も、Tさんの「博物館を見てみたい」と
「パンニング皿を入手したい」との希望がったあったので訪れた。
私も時々開かれている企画展や特別展に運よく巡り会えればラッキーだし、過去に開催した展示の図録が
あれば買うことにしている。それと、10月に中学生のクラスを案内する予定で、最近子ども達の数が増えている
のでパンニング皿を買い足しておこうと思っていた。
・常設展示
日本の3大ペグマタイト産地とされる「岐阜県苗木地方」、「滋賀県田上地方」、「福島県石川地方」はじめ、
山梨県など全国のペグマタイト産地の鉱物を見て回る。苗木産の「トパズ」や「緑柱石」には、ため息がでてしまう。
長島乙吉氏と長島弘三博士のコーナーも興味深い。さらに、産出した鉱物が焼き物の釉薬などに利用されて
いたことも知る。
・第39回私の展示室「北陸地方の化石」
3/27〜9/5の期間、個人が採集した「北陸地方の化石」の展示が行われていた。富山・石川・福井県から
産出した貝や植物そしてサメの歯などが中心だった。化石を採集していたKさんには興味深かったようだ。
恐竜化石の展示があれば良かったのだが、誰でもがそう易々(やすやす)と採集できるものではないようだ。
・ミュージアムショップ
ミュージアムショップでは、国内外産鉱物標本、鉱物採集・鑑定用具、過去に開催した展示の解説書などを
販売している。
Tさんが欲しがっていたパンニング皿は、大・中・小があり、大を買うことをお薦めした。なぜなら、砂礫の中に
鉱物が含まれている確率(含有率)は一定だとするとたくさん砂礫をパンニングすればするだけ良品を得られる
確率が高くなるからだ。
現実には、”寄せ場”では含有率は高いなど場所によって違う。含有率が同じでも、パンニングの上手(うま)い
下手(へた)によっても採れる標本の質・量はちがってくる。
私はパンニン皿の中を2つ購入した。
過去に開催された展示図録を見ていると、2019年に開催した『南極の石-太古の地球をのぞく』(500円)が
あったので、購入した。
(5) パンニング皿の使い初め
博物館を出て購入したパンニング皿の使い初めだ。この近くの産地だと、「狩宿川」が近い。ここでは、小さな
「トパズ」、「錫石」そして稀に「希元素鉱物」などが採集できる。
パンニングのやり方については、次のページに載せてあるのだが、初心者がこれを読んでも「畳の上の水練」で、
役に立たないかも知れない。要は、『習うより慣れろ』だ。
・鉱物採集の技(1) パンニング
( Technique for Mineral Hunting (1) , Panning , Yamanashi Pref. )
とは言うものの、最初はTさんに私のやり方を見て倣(なら)ってもらい、やっているのを見て指導させていただいた。
何とか、比重の大きな「重鉱物(じゅうこうぶつ)」が皿の底に残り様になった。
ここでは、1a足らずだが、頭付で透明感のある「トパズ」や「錫石」などが採集できた。
(6) 今夜の宿に向かう
パンニングしていると雷鳴が聞こえた。中津川市鉱物博物館の北側の山の上空には大きな真っ黒い雷雲が
見え、こちらに近づいてきているようだ。
その内、”ポツ、ポツ”と大粒の雨が降り出し、慌てて引き上げることにして、今夜の宿に向かうことにした。
中津川の市街と恵那山が見えるところまで来ると雨は止んでいて、恵那山には虹の柱が懸かっていたので、
車を止めて写真に納めた。恵那山に懸かる虹を見るのは初めての経験だった。
(7) 中津川の夜は更けて
・ ホテル
ホテルは中津川ではいつも利用するIC近くのホテルチェーンの1つだ。ここは大浴場があるので、汗を流し
浴槽に浸かり手足を伸ばして疲れを取る。
・ 外食
ホテルにはレストランもあるのだが、近くにある地元のファミレスを利用するのが常だ。まずは、ビールとジュースで
乾杯だ。
Tさんは初心者だと思っていたが、6年くらい経験があるし、私が行ったことがない産地も数多く訪れているようだ。
何よりも仕事柄1日2万歩は歩くと聞いてビックリだ。さらに、冬季には専用のアイゼンを装着し、アックスを使って
氷瀑(凍った滝)を登るアイスクライミングをやっていると聞いて、すごい女性だと感嘆した。
中津川鉱物博物館でパンニング皿「大」を勧めた私の眼に狂いはなかった。・・・・自惚(うぬぼ)れです。
銘々食べたいものを食べてホテルに引き上げた。
・ 「大人の時間」
ホテルにもどり、私達の部屋に集まって「大人の時間」がスタートした。この集まりがスタートした20年前には、
参加者は小中学生とその親がほとんどだった。オークションや「標本玉手箱」を終え、子ども達が寝静まった後に、
大人だけ集まって、持ち寄ったお酒を飲みながら「鉱物談義」に花を咲かせるのが常だった。
今回は、大人だけだから、「標本プレゼント」の後、「鉱物・産地談義」に花を咲かせることにした。N夫妻から、
関西の産地の標本がプレゼントされた。私は、和田峠の「母岩付き満ばんザクロ石」や「甲武信鉱山貯鉱場の
鉱物セット」などをお贈りした。しかし、レベルが高いTさん、Kさんには失礼だったかと思っている。
私が持参した山梨のワインを飲みながら、「鉱物談義」に花を咲かせているとあっという間に時間が過ぎた。
Tさん、Kさんも私達と同じく3時に家を出たということなので、いつもより少し早めにお開きにした。
(2) 「トパズ」を求めて
苗木地方の鉱物は、築用の石材採掘や「錫石」などの重鉱物の採掘に伴って発見された。昔採石をしていた
場所を見ていただき、すぐに「トパズ」産地へと移動した。
過去に採集した場所の一つに行ったが、訪れる人が多く採り尽くされたのか”ポツリ、ポツリ”と出る程度だった。
それでも「頭付のトパズ」や「苗木石」そして「煙水晶」などが採集できた。
長居しても好転する兆しがないと判断し、次の産地に移った。ここは、森の中にあるため、直射日光に晒され
ないので快適なポイントだった。
少し試し掘りをしてみると、「トパズ」の良品が出たので、ここに腰を据えてかかることにした。お昼を挟んで2時間
程粘り、それぞれお気に入りの標本を入手できたようだ。
土砂採掘人の私が掬(すく)ったスコップの中で”キラリ”と光った「トパズ」は、川擦れも少ない頭付で、14ミリと
大きくはないが私にとって今回のミネラル・ウオッチングで一番の採集品になった。
(3) 「サファイア」を求めて
過去に何度かサファイアを採集したことがある場所を何年かぶりに訪れた。サファイアをパンニングで採集するのは
熟練が必要で、皆さん苦戦しておられた。
なかなか出てこなかったが、私のパンニング皿から続けて2ケ姿を現した。N夫妻とは何年か前に来て、良品を採集
しておられるので、TさんとKさんに差し上げることにした。
(4) また逢う日まで
歓声が聞かれぬまま時間だけが経って行く。着くと同時に川の水につけて置いたスイカをパンニング皿を俎板
(まないた)代りにして切って、持参した「アジシオ」を振りかけて皆で食べてお別れした。
そんな訳で、以前のようにとは言えないが、ミネラル・ウオッチングに出かける余裕が生まれてきたので、介護に
当たっていただいている施設の皆さんに感謝している。
しばらく行かない内に産地の様子も変わってしまっているところが多く、これからも気がかりの産地を少しでも多く
回ってみて記録として残して置きたい。