船内を物色してみると、8階デッキに願ってもない場所があった。
・ 電源がある。
・ Wi-Fiが利用できる。
・ ガラス越しに外の景色が見える。
乗船して1ケ月になろうとしているが、ここが私の定位置になっている。
苦労して運んできたプリンターと用紙が一瞬して用無しになってしまった。問題なのは、ガレキになった
プリンターの処置だ。まさか、海の中に”ドブン”と水葬というわけにもいかない。船室の清掃担当のJose
さんに、「壊れたから、適当に処分して」と頼むといとも簡単に引き受けてくれた。
用紙1,000枚ほどは、8階のコピー機のある”センター”なる場所まで持って行き、”寄付”させてもらった。
普通だったら、これで懲りそうなものだが、携帯の充電器も一瞬にして昇天させてしまった。万歩計の
代わりとして持ってきた携帯だったが、船内での歩数記録は乗船6日目にして途絶えてしまった。
船に乗ってから周りを見渡すと、デジカメは無論、PC,スマホ、タブレットなど電子機器を持ち込んで
いる人が多い。旅先から絵葉書を送るという古典的な楽しみ方も健在ではあるのだが、やはり電子メー
ルなどで、今体験していることを伝えたいという要望が強いのは時代だろう。
ところが、それらが使えない、という人が意外に多いのだ。その原因は、この船旅のために新たに購入
したり、息子(娘)が用意してくれた電子機器に慣れていないからだ。それと船旅特有の『衛星を使った
インターネット』にWi-Fi接続するのが初めてという人が多い。
かくいう私もWi-Fi接続などやったことがないし、スマホやタブレットには触ったこともないのだが、ここに
座っていると「Wi-Fi接続はどうやるのでしょう?」、とか「デジカメの日付がずれているのを合わせて欲し
い」までいろいろな相談が舞い込む。
PCでは、アカウントやパスワードを忘れた人には「FAXで留守家族に送ってもらうように」とアドバイスす
ることから始まるケースも珍しくない。
スマホやタブレットは触るのは初めてだったが、”たぶん、こうだろう”とか”私だったらこう設計するはずだ”
という手順でやれば何とか問題が解決することが少なくない。
あまりにも悩んでいる人たちが多いので、『3人寄れば文珠の知恵』というタイトルの自主企画を立ち
上げ、毎日のように相談者が訪れている。
船に乗ってすぐに、船内案内があった。その中で、「船の中の噂ばなしに注意」とあった。具体例として
「毎朝牛乳がでるが、船で牛を飼っている」、という噂が広まると、次に「牛の鳴き声を聞いた」という具
合に広まっていくらしい。
シベリアに抑留された甲府郵趣会の大先輩・Iさんの話でも、「来月には帰国できる」など、閉鎖され
た環境の中では、「噂話」が時として楽しみでもあり生きる希望になったこともあったようだ。船の中も
1,000名(1労働大隊)の乗客がおり、似たような環境なのだ。
いつものように、8Fデッキに座って、HP「甲府出立」をまとめていると「Wi-Fiのつなぎ方を教えてもらえ
ますか」と声を掛けられた。これが、『博多のあねご』との最初の出会いだった。
『あねご』は、経営する会社を息子に任せ、俗世間と離れるためこの船旅に乗り込んで来たらしいが、
地元に近い熊本の地震が気になり、メールを送るのに必須のWi-Fiに接続したかったのだ。接続がうまく
できて、メールで熊本の状況も具体的にわかったものの、一番近い陸地から百キロも離れた船の上では
できることも限られ『あねご』も達観されたようだ。
このことがあって、『あねご』から「先生」という尊称(?)をいただき、これが船内での私の代名詞にな
った。
( 「先生と呼ばれるほどの馬鹿じゃなし」という川柳がある通りです )
『あねご』は乗船するに際して、キロ10,000円のコーヒー豆を3キロ持ち込んだそうで、午後3時ごろに
なると豆を挽いてコーヒーを入れてくれる。甘いコーヒーの香りに誘われて、3時ごろになると相談に訪れ
る人が急に増えるほどだ。
これから先も、何かとお世話になる『あねご』だった。
渋滞を緩和するため日本の技術者たちが作った「第2スエズ運河」を通ると、アフリカ大陸とシナイ半
島を結ぶ「平和大橋」が見えてくる。夕刻、16時過ぎにポートサイドの町を通過し、地中海に抜けた。
昨日(9日)、キプロスに上陸し、南北に分断された首都・ニコシアでギリシャ系とトルコ系住民の住む
地域の両方を見学してきた。どちらに肩入れするわけではないが、親日家が多いトルコに親しみを感じ
るのは自然の成り行きだろう。同じ国でありながら、グリーンラインと呼ぶ分断帯を行き来するのには
パスポートが必要なのだ。
分断帯には戦車が並び、武装した兵士がにらみ合っているものと想像していたが、実際には丸腰の
警察官がパスポートのチェックをしているだけで、拍子抜けするほどだった。街中には、2015年1月に南
極探検でアルゼンチンを訪れたときには花期を過ぎていた紫色のハラカンダ(英語名:ジャカランダ)の
花が満開だった。
南側のギリシャ系住民の年収が約15,000米ドルに対して、北側のトルコ系住民は約5,000米ドルと
経済的な格差は歴然としているのだが、住んでいる人々は明るく、国とは、本当の幸せとは、何だろうか
と考えさせられる旅でもあった。